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 河井・岩村会見の処

市指定文化財 北越戊辰戦争 勃発の場
おぢや史跡探訪
 1868年(慶応4年)、反抗勢力の制圧に乗り出した西軍が、幕府領で会津藩預所となっていた小千谷に迫ると、長岡藩家老・河井継之助は抗戦か恭順かを巡る藩論を抑えて、他力に頼らず、冒されず己の力で生きていく「武装中立」を主張しました。
長岡城に迫り来る西軍に対して防戦態勢を整えた継之助は、同年5月2日、小千谷の西本陣に乗り込み、慈眼寺において西軍土佐藩士・岩村精一郎と会談に臨みます。
継之助は非戦を訴え、西軍の進行停止を訴えましたが、願いは聞き入れられず、会談は決裂。
これにより、継之助は徹底抗戦を決意し、北越戊申戦争の激戦が始りました。継之助と岩村が談判した 慈眼寺の「会見の処」は当時の様子を偲ぶことができます。
市指定文化財 慈眼寺 河井・岩村会見の処

とうちゅう うめのま
 慈眼寺の会談が決裂した河井継之助は、無念の思いを抱きながら、郷宿の野七に帰る途中、東忠に立ち寄りこの梅の間で遅い昼食を食べました。
今も当時のまま残されています。
じげんじ
  慶応4年(1868年)5月2日 (旧暦)には越後国長岡藩家老河井継之助と新政府軍監の岩村精一郎(のちの岩村高俊)が会談したことで知られている。河井は中立和平を訴えたが、決裂し、戊辰戦争の内でも激戦として知られる北越戦争に突入した。


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